
はじめに
「スタートアップの成否は創業者次第」とよく言われます。しかし、実際には創業期のカリスマ的リーダーシップだけでは、企業の持続的成長は難しいケースが多いのが現実です。本記事では、スタートアップの成長段階に応じて変化する経営者のリーダーシップスタイルと、そのスムーズな移行に成功した事例を紹介します。
スタートアップ成長の4段階とリーダーシップの変遷
スタートアップの成長は、大きく4つのフェーズに分けられます。それぞれのフェーズで求められるリーダーシップスタイルは大きく異なります。

第1段階:創業期(1〜10人)- ビジョナリーリーダーシップ
創業初期のスタートアップでは、「何もないところから価値を生み出す」ための強いビジョンと情熱が必要です。この段階では以下のリーダーシップ特性が重要になります:
求められる資質:
- 強い信念とビジョン:明確な未来像と揺るがない信念
- リスクテイク能力:不確実性の高い状況での決断力
- 説得力と巻き込み力:最初の仲間を集め、インスパイアする力
- 柔軟な試行錯誤:仮説検証の繰り返し
マネーフォワードの辻庸介氏は、「お金の心配をなくし、みんなに夢中になれることを」という明確なビジョンで最初のチームを結成し、何度もピボットを繰り返しながらも、初期のプロダクト開発と顧客獲得に成功しました。このフェーズでは、リーダー自身の強い意志と行動力が組織全体のエネルギー源となります。
第2段階:PMF〜初期成長期(10〜50人)- 編成者型リーダーシップ
プロダクト・マーケット・フィットが確立し、組織が拡大し始める段階では、カオスを整理し、基本的な組織構造を作るリーダーシップが求められます。
求められる資質:
- チーム構築能力:適材適所の人材配置と役割定義
- 基本プロセスの設計:反復可能な業務プロセスの確立
- 初期文化の醸成:組織の価値観と行動規範の形成
- 委任と監督のバランス:適切な権限委譲と進捗管理
freee創業者の佐々木大輔氏は、この段階で「組織の価値観を明文化」することに注力。「まずやってみる」「ユーザー視点」など7つの行動指針を定め、急速に拡大するチームの求心力を維持することに成功しました。
第3段階:スケーリング期(50〜200人)- 委任型リーダーシップ
事業が軌道に乗り、急速に組織が拡大する段階では、創業者がすべてを把握・判断することは不可能になります。この段階では権限委譲と体系的な組織運営が鍵となります。

求められる資質:
- 経営幹部の採用と育成:次世代リーダーの確保と成長支援
- 戦略的思考と計画立案:中長期的な成長シナリオの構築
- 組織設計と文化維持:拡大しても機能する組織構造の設計
- 透明性とコミュニケーション:ビジョンと進捗の共有
メルカリの山田進太郎氏は、この段階で意識的に「意思決定の分権化」を進めました。リーダーシップチームを構築し、各事業部に大幅な裁量権を与えることで、組織の拡大にも関わらず迅速な意思決定を維持することに成功しています。
第4段階:成熟期(200人以上)- 変革型リーダーシップ
組織が大規模化し、初期の成長モメンタムが落ち始める段階では、組織の再活性化と変革を促すリーダーシップが重要になります。
求められる資質:
- 長期ビジョンの更新:次の成長機会の特定と方向性の提示
- 組織の再活性化:官僚化傾向への対抗と革新性の維持
- 次世代リーダーの育成:リーダーシップの連続性確保
- 外部環境への適応力:市場変化への対応と組織変革
Sansan創業者の寺田親弘氏は、IPO後の成長減速期に「Eight」という新規事業を立ち上げ、既存事業とのシナジーを創出することで、新たな成長曲線を描くことに成功しました。成熟期に入った組織では、経営者自らが「変革者」として組織に新しい刺激を与え続けることが重要です。
リーダーシップスタイルの移行に成功した事例分析
多くの創業者が成長フェーズの移行につまずく中、スムーズに自らのリーダーシップスタイルを進化させた事例から学ぶべきポイントを見ていきましょう。

事例1:SmartHR 宮田昇始氏のケース
人事労務クラウドサービスのSmartHRを創業した宮田氏は、プロダクト開発に強みを持つエンジニア出身の創業者でした。創業期はプロダクト開発の最前線に立ち、技術的リーダーシップで組織を牽引。しかし、シリーズBの資金調達後、急速な組織拡大期に入ると以下の変革を自ら実行しました:
移行戦略:
- 強みと弱みの客観的分析:エグゼクティブコーチを活用した自己理解
- 補完的人材の採用:事業運営に強いCOOの採用による弱点補完
- 役割の明確な再定義:プロダクトビジョンと外部関係に注力する役割への特化
- 定期的なフィードバック体制:360度評価による自身のリーダーシップの進化確認
この結果、宮田氏はCEOとしての役割をより戦略的な方向へとシフトさせながら、実行面ではCOOとのパートナーシップを構築。組織の急成長期を乗り切ることに成功しました。
事例2:freee 佐々木大輔氏のケース
クラウド会計ソフトで知られるfreeeの創業者佐々木氏は、元グーグル社員というバックグラウンドを持ち、プロダクト志向が強いリーダーでした。1→1,000人超の急成長を経験する中で、以下のアプローチでリーダーシップスタイルを進化させました:
移行戦略:
- 自己認識の深化:定期的な自己振り返りと他社CEOとの交流
- 分野別エキスパート経営陣の構築:CFO、CTO、CPOなど専門性の高い経営陣の採用
- 文化の明文化と浸透:「カルチャーブック」の作成と定期的なタウンホールミーティング
- メンターとボードの活用:経験豊富な社外取締役からの助言の積極的受容
佐々木氏は「自分の役割は常に進化する」という認識を持ち、各成長フェーズでの自らの役割を意識的に再定義し続けたことが成功の鍵でした。現在では、事業の詳細よりも「大きな方向性の提示」と「優秀な人材が活躍できる環境づくり」にフォーカスしています。
リーダーシップ進化の障壁とその克服法
創業者がリーダーシップスタイルを変革する際に直面する主な障壁と、それを乗り越えるためのアプローチを見ていきましょう。
1. 創業者シンドローム
多くの創業者は「自分だけが会社を本当に理解している」という思い込みから、権限委譲に抵抗を感じます。
克服法:
- 段階的な委任:小さな決定から徐々に権限を委譲する
- 決定フレームワークの共有:意思決定の基準と価値観を明確に伝える
- 成功体験の積み重ね:委任した結果が良好だった事例を意識的に認識する
2. アイデンティティの再定義
「現場の第一人者」から「組織のリーダー」へと自己認識を変革することへの抵抗感。
克服法:
- 役割の再定義:自分にしかできない貢献の再発見
- スキルのアップデート:新しいフェーズに必要なスキル開発への投資
- メンタリングの活用:同様の変革を経験した先輩経営者からの学び
3. コントロール喪失への不安
すべてを把握できていた状態から、直接管理できない領域が増えることへの不安。
克服法:
- 信頼構築への投資:経営チームとの関係構築に時間を割く
- 透明性の高い情報共有:重要指標の可視化と共有
- 定期的なリズムの確立:適切な頻度での報告体制の構築
日本のスタートアップ環境における特有の課題
日本のスタートアップ環境には、リーダーシップの進化に関して特有の課題が存在します。

1. ロールモデルの少なさ
国内でスタートアップを大規模企業へと成長させた経営者の例が少なく、参考にすべきロールモデルが限られています。
対応策:
- 海外事例からの学習:グローバルな成功事例の研究
- 業界横断的なコミュニティ参加:異なる業界の成功経営者との交流
- メンターネットワークの構築:複数の視点からの助言獲得
2. 「カリスマ創業者」像への固執
日本のメディアや投資家が「カリスマ創業者」像を重視する傾向があり、リーダーシップスタイルの変革が評価されにくい環境があります。
対応策:
- 段階的変革の実績共有:成功事例の積極的発信
- 投資家教育:組織フェーズに応じたリーダーシップ変革の重要性の説明
- 経営チームの可視化:一人の創業者ではなくチーム全体の価値をアピール
3. 経営人材の流動性の低さ
経験豊富な経営人材の獲得が難しく、リーダーシップを補完するチーム構築のハードルが高いです。
対応策:
- 長期的な人材育成計画:社内からの経営人材育成
- 多様なバックグラウンドの活用:異業種からの人材登用
- 柔軟な働き方の提供:副業・複業など多様な関わり方の許容
次世代リーダーの育成 – サクセッションプランニング
成長するスタートアップでは、創業者だけでなく次世代リーダーの育成も重要な課題です。優れたスタートアップ経営者は以下のアプローチで次世代育成に取り組んでいます:
1. 成長機会の意図的設計
- ストレッチアサインメント:現在の能力よりやや難しい課題への挑戦機会
- クロスファンクショナル経験:複数の機能領域での経験蓄積
- 段階的な責任拡大:徐々に責任範囲を広げる育成計画
2. フィードバックとコーチングの文化構築
- 定期的なフィードバック:成長につながる具体的な評価と助言
- メンタリング制度:経験者から学ぶ機会の提供
- リーダーシップ開発プログラム:体系的なスキル開発
3. サクセッションプランニング
- キーポジションの後継者計画:重要ポジションの後継候補の特定と育成
- 緊急時対応計画:突発的な欠員への対応策
- 長期的な組織設計:将来の組織構造を見据えた人材配置
まとめ:自らを進化させ続ける勇気
スタートアップ経営者にとって最大の課題は、自社の成長に合わせて自らのリーダーシップスタイルを進化させることにあります。成功するスタートアップ経営者は、「現状に固執する」のではなく「常に学び、変化し続ける」姿勢を持っています。
異なるフェーズでは異なるリーダーシップが求められることを理解し、自らの強みを活かしながらも、弱点は補完的人材や新たなスキル獲得によってカバーする柔軟性が重要です。「企業の成長に合わせて自らも成長する」というマインドセットこそが、持続的な企業成長の鍵となるでしょう。
スタートアップの成功は単なる良いアイデアや資金調達だけでは実現しません。組織の発展段階に応じて適切なリーダーシップを発揮できる経営者の存在こそが、真の企業価値創造の源泉なのです。あなたのリーダーシップは、組織の成長に合わせて進化していますか?